映画概要
監督・キャスト

エドワード・ベルガー監督
主な監督作品
- 『西部戦線異状なし』 (2022年)
第95回アカデミー賞で国際長編映画賞など4部門を受賞した、第1次世界大戦を描いたNetflix映画です。 - 『ぼくらの家路』 (2014年)
ドイツの少年の葛藤と成長を描き、日本でも劇場公開された作品です。 - 『パトリック・メルローズ』 (2018年)
ベネディクト・カンバーバッチ主演のテレビドラマシリーズ(数話の監督を担当)。

レイフ・ファインズ(ローレンス枢機卿)
代表的な役柄と出演作
- 『ハリー・ポッター シリーズ』(2001年〜): 闇の帝王 ヴォルデモート卿
- 『007 シリーズ』(2012年〜): M / ギャレス・マロリー(『スカイフォール』以降)
- 『シンドラーのリスト』(1993年): アーモン・ゲート
- 『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014年): モッシュ(
- 『イングリッシュ・ペイシェント』(1997年): アルマシ伯爵
- 『キングスマン:ファースト・エージェント』(2021年): オックスフォード公

スタンリー・トゥッチ(ベリーニ枢機卿)
代表的な役柄と出演作
- 『プラダを着た悪魔』(2006年、続編2026年公開):ナイジェル・キプリング役
- 『ラブリーボーン』(2009年):ジョージ・ハーベイ役(アカデミー賞助演男優賞ノミネート)
- 『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』(2011年):エイブラハム・アースキン博士役
- 『ハンガー・ゲーム』シリーズ(2012年〜):シーザー・フリッカー役
- 『トランスフォーマー/ロストエイジ』(2014年):ジョシュア・ジョイス役
- 『ホイットニー・ヒューストン I WANNA DANCE WITH SOMEBODY』(2022年):クライヴ・デイヴィス役

ジョン・リスゴー(トランブレ枢機卿)
代表的な役柄と出演作
- 『ザ・クラウン』(2016年):ウィンストン・チャーチル役(エミー賞受賞)
- 『デクスター 警察官は殺人鬼』(2006年):連続殺人鬼アーサー・ミッチェル(トリニティ・キラー)役
- 『スキャンダル』(2020年):ロジャー・エイルズ役
- 『ザ・シンプソンズ』 や多数の映画・舞台など幅広く活躍

イザベラ・ロッセリーニ(シスター・アグネス)
代表的な役柄と出演作
- 『ブルーベルベット』 (1986年):ドロシー・ヴァレンンス 役(インディペンデント・スピリット賞主演女優賞を受賞)
- 『墓泥棒と失われた女神 』(2023年):フローラ 役
- 『マルセル 靴をはいた小さな貝 』(2021年):祖母・ナナの声の出演
- 『永遠に美しく… 』(1992年):リスル・フォン・ローマン 役

セルジオ・カステリット(テデスコ枢機卿)
代表的な役柄と出演作
- 『ダンテ』(2022年) : ジョヴァンニ・ボッカッチョ 役
- 『グレート・ブルー』(1988年): ノヴェリ 役
- 『マーサの幸せレシピ』(2001年):マリオ 役

ルシアン・ムサマティ(アデイエミ枢機卿)
- 『ゲーム・オブ・スローンズ』(2011年〜):サロドール・サーン 役
- 『ギャング・オブ・ロンドン』(2020年〜):エドワード(エド)・ドゥマニ 役
- 『ダーク・マテリアルズ I / 黄金の羅針盤』(2020年):ジョン・ファー 役
- 『ザ・ブレイキン』(2024年):マーティン 役
キリスト教ってそもそも何?
『教皇選挙』は、キリスト教の中でもカトリック教会を舞台にした作品です。
キリスト教は、イエス・キリストを信仰する宗教で、世界で最も信者の多い宗教の一つです。
ただし、「キリスト教」と一括りにしても、実はいくつかの大きな教派があります。
代表的なのが、
- カトリック
- プロテスタント
- 正教会(東方正教会)
の3つです。
映画を見るうえで重要なのは、『教皇選挙』はカトリックの話だということです。
カトリックとプロテスタントは何が違う?
ざっくり言えば、カトリックはローマ教皇を中心とした教会の伝統や組織を重視する宗派です。
一方、プロテスタントは、16世紀の宗教改革をきっかけにカトリックから分かれていった教派の総称で、聖書を信仰の中心に置くことを重視しています。
かなり大雑把に整理すると、
| カトリック | プロテスタント | |
|---|---|---|
| 中心となる存在 | ローマ教皇 | 教皇を置かない |
| 信仰の中心 | 聖書+教会の伝統 | 聖書を重視 |
| 聖職者 | 司祭など | 教派によって異なる |
| 教会組織 | 世界的に統一された組織 | 多くの教派に分かれている |
もちろん、プロテスタントにも非常に多くの教派があるため、「プロテスタントはこう」と一括りにはできません。
では『教皇選挙』は?
ここが映画を見るうえで一番分かりやすいポイントです。
タイトルにもある「教皇」は、カトリック教会の最高指導者です。
- ローマ教皇(法王):全世界のカトリック信者の頂点
- 枢機卿:教皇の最高顧問。次期教皇を選ぶ選挙権を持つ
- 大司教:比較的大きな管区を治める高位の指導者
- 司教:地域(教区)を統治する指導者
- 司祭(神父):実際の教会で信者の世話やミサを行う
- 助祭:司祭を補佐する役割
教皇が亡くなるなどして空位になると、世界中から集まった枢機卿たちによって、次の教皇を決める選挙が行われます。
これが映画で描かれる「コンクラーベ」です。(根比べではありません、そんな感じの内容と言葉ですが笑)
コンクラーベは、ラテン語で「鍵をかけた部屋」という意味に由来するとされ、外部から隔離された状態で教皇を選出します。
映画では、この閉ざされた空間の中で、候補者たちの思想や過去、隠された秘密が次々と明らかになっていきます。
つまり『教皇選挙』は、単純に「次の教皇は誰になるのか」という選挙の話ではありません。
「教会を率いる人間に何が求められるのか」
「信仰とは何なのか」
「人間の弱さを抱えたまま理想を追い求めることができるのか」
といったテーマにもつながっていきます。
だからこそ、カトリックについて少し知ってから観ると、候補者たちの発言や立場の違い、そしてコンクラーベという特殊な選挙そのものが、より面白く見えてくる作品だと思います。
あらすじ
全世界14億人以上の信徒を誇るキリスト教最大の教派・カトリック教会。その最高指導者で、バチカン市国の元首であるローマ教皇が亡くなった。新教皇を決める教皇選挙「コンクラーベ」に世界中から100人を超える候補者たちが集まり、システィーナ礼拝堂の閉ざされた扉の向こうで極秘の投票がスタートする。票が割れる中、水面下でさまざまな陰謀、差別、スキャンダルがうごめいていく。選挙を執り仕切ることとなったローレンス枢機卿は、バチカンを震撼させるある秘密を知ることとなる。https://eiga.com/movie/101546/
感想

映画『教皇選挙』を観て、一番印象に残ったのは「疑念」と「信仰」の関係だった。
疑念を抱かず、何もかもを確信している人は、一見すると強いように思える。
しかし、確信だけを持ち続けていると、やがて自分の中で「不可解なこと」がなくなり、考えることや進むこと自体が止まってしまうのではないか。
だからこそ、疑念と信仰は対立するものではなく、むしろ共に歩んでいくものなのだと思った。
作中では、教皇という立場にふさわしい人物を選ぼうとする一方で、候補者たちの過去や秘密が次々と明らかになっていく。
そこで感じたのが、「汚点のない候補者なんていない」ということだった。
誰もが何かしらの欠点や過去を抱えている。それでも人は理想を掲げ、その理想に向かって生きていく。
「我々は生身の人間で理想に仕える身、理想そのものではない」
この言葉は、映画を通して描かれていたことを端的に表しているように感じた。
理想を持つことと、理想そのものになることは違う。
どれだけ信念を持って生きている人でも、迷い、間違い、弱さを抱えている。
むしろ、その弱さを抱えたまま理想を目指すことに、人間らしさがあるのかもしれない。
そして、映画を観ていてもう一つ印象に残ったのが、「関心は我が身だけ」という人間の姿だった。
教皇という大きな存在を決める場であっても、結局そこにいるのは一人ひとりの人間だ。
権力や立場、名誉、そして自分自身の利益。
理想を語りながらも、人はどうしても自分のことを考えてしまう。
それは特別な人だけの話ではなく、自分自身にも当てはまる。
また、作品の中で描かれる「戦争」についても考えさせられた。
戦争や戦いを直接知らない自分たちにとって、戦うということは、必ずしも誰かと争うことだけではないのかもしれない。
本当に戦うべき相手は、自分の中にある欲望や恐れ、弱さなのではないか。
最後まで観終わって感じたのは、確信を持つことだけが正しいわけではないということだった。
むしろ、最後まで完全な確信を持てないからこそ、考え続けることができる。
疑いながらも信じる。
迷いながらも前に進む。
人間は理想そのものにはなれない。
だからこそ、疑念を抱きながら、自分なりの信仰や理想を探し続ける。
気になったこと
次に僕が映画を見ている中で気になったことについて調べてまとめてみたいと思う。
これまで、宗教系の映画を見たことも、宗教について学んだこともないので、勉強も兼ねて調べていく中でたくさんのことを学べた。
皆さんの生活に役立つわけではにですが、いつかちょっとした雑学みたいな感じで話せる内容ですので、ぜひ読んでいってください。
なぜ枢機卿は赤い服を着ている?

『教皇選挙』を観ていると、枢機卿たちが赤い服を着ていることに気づく。
普段の感覚では、聖職者がなぜこんなに鮮やかな赤色の服を着ているのか、少し不思議に感じるかもしれない。
実は、この赤色にはきちんと意味がある。
カトリックでは、13世紀頃から枢機卿が緋色(カーディナルレッド)の聖職者服を身につける習慣がある。
赤は「信仰のためなら、いつでも自分の命を捧げる」という枢機卿の覚悟を表しているとされている。
なぜ赤なのか。
キリスト教において、赤は血や殉教を象徴する色だからだ。
キリスト教では、イエス・キリストが人類の罪を贖うために十字架にかけられ、血を流したとされている。
そのため、血はキリスト教の信仰を考えるうえで非常に重要な意味を持っている。
例えば、ミサの中で行われる聖体拝領では、葡萄酒が「キリストの血」を象徴するものとして扱われる。
つまり、枢機卿が身につける赤い服は、単なる伝統的な衣装ではない。
「自分の命を懸けてでも信仰に仕える」
という覚悟を表している。
そう考えて『教皇選挙』を観ると、赤い服を着た枢機卿たちが一堂に集まって教皇を選ぶ場面も、少し違って見えてくる。
彼らは教会の中でも非常に高い地位にいる人物たちだが、その服装には同時に、自分自身を信仰に捧げる者としての責任が込められている。
ちなみに、映画の中で教皇が着ている白い服にも意味がある。
現在の教皇が白い服を着るようになった背景には、16世紀の教皇ピウス5世がドミニコ会士であり、ドミニコ会の白い修道服を教皇の服装にも取り入れたことがあるとされている。
また、司祭が着る黒い服にも意味があり、一般的にはこの世の欲望や世俗的なものから離れ、神に仕える存在であることを示すものと説明される。
普段何気なく見ている「服の色」にも、その宗教の歴史や考え方が込められている。
『教皇選挙』では、赤い服を着た枢機卿たちが何度も登場するが、「赤=血・殉教・信仰のために命を捧げる覚悟」と知っておくだけでも、映画の見え方が少し変わってくる。
なぜ投票用紙を皿に乗せてから壺に入れるのか?
『教皇選挙』の中で、枢機卿たちが投票する場面をよく見ると、投票用紙をそのまま壺に入れているわけではない。
二つ折りにした投票用紙を一度、「パテナ」と呼ばれる聖皿の上に乗せ、それをひっくり返して大きな容器の中へ落としている。
一見すると、かなり回りくどい動作に見える。
しかし、これには投票の不正を防ぎ、公正な選挙であることを示すという意味がある。
もし投票用紙を手で直接容器に入れるだけなら、複数の投票用紙を隠して一緒に入れるといった不正ができてしまう可能性がある。
そこで、一度平らな皿の上に投票用紙を乗せてからひっくり返すことで、「投票用紙を1枚だけ入れている」ことを周囲から確認できるようにしている。
さらに、この投票には宗教的な意味もある。
投票する枢機卿は、投票用紙を皿に乗せ、祭壇の前へ進む。
そして十字架の前で、神を証人として、自分が正しいと思う人物に投票することを誓う。
つまり、コンクラーベの投票は、単なる多数決ではない。
「自分の判断で、この人が教皇にふさわしいと神の前で誓って一票を投じる」
という、非常に厳粛な行為なのだ。
そう考えると、映画の中で枢機卿たちが一人ずつ祭壇へ向かい、投票用紙を皿から壺へ落としていく場面も、ただの投票シーンではなく見えてくる。
一枚の紙を入れるだけなのに、そこには不正を防ぐための仕組みと、神の前で公正に投票するという信仰の両方が込められている。
映画を観ていて「なんでわざわざ皿に乗せてから入れるんだ?」と思った人も多いと思う。
こうした何気ない動作にも、コンクラーベが長い歴史と宗教的な意味を持つ選挙であることが表れている。
「ヨハネ」と「イノケンティウス」にはどんな意味がある?
『教皇選挙』の終盤で印象に残るのが、教皇に選ばれた人物が名乗る「教皇名」だ。
作中では、ローレンスがもし教皇になったら「ヨハネ」と名乗るつもりだったことが明かされる。
そして最終的に教皇となったベニテスは、「イノケンティウス」という名前を選ぶ。
なぜ教皇は名前を変えるのか
教皇が新しい名前を選ぶ習慣は古くからあり、現在では教皇に選ばれた際に、それまでの名前とは別の「教皇名」を名乗ることが一般的になっている。
この名前は単なるニックネームではない。
過去の教皇や聖人への敬意を表したり、これから自分がどのような教皇を目指すのかを示したりする意味を持つことがある。
つまり、新しい教皇名には、その人物の考えや目指す方向性が込められることがある。
ローレンスが選んだ『ヨハネ』
作中でローレンスが選ぼうとしていたのが「ヨハネ」。
「ヨハネ」は歴代教皇の名前として最も多く使われてきた名前で、最初にこの名前を名乗った教皇は6世紀のヨハネ1世とされている。
近代では、ヨハネ23世も有名だ。
ヨハネ23世は、教会の改革やキリスト教諸派の対話を進めた人物として知られている。
ローレンス自身も作中で、教会の中にある対立をどうするのか、そして「確信」だけに頼ることの危うさについて考えている人物だ。
そのため、「ヨハネ」という名前は、伝統を受け継ぎながらも、分断された人々をつなごうとするローレンスの考え方に合った名前とも考えられる。
もちろん、映画の中で「ヨハネにはこの意味を込めた」と明確に説明されるわけではない。
しかし、教皇名には過去の人物への敬意や、自分が目指す方向を示す意味があることを考えると、ローレンスがヨハネを選ぼうとしたことには意味を感じる。
ベニテスが選んだ「イノケンティウス」
そして、最後に教皇となったベニテスが選んだのが「イノケンティウス」。
この名前が面白い。
英語の「Innocent」にもつながる言葉で、「純粋な」「無垢な」「罪のない」といった意味を持つ。
実際、監督のエドワード・ベルガーは、この名前について「先入観のない純粋さ」を表すものだと説明している。
子どものように、偏見や過去の経験に縛られず、他者に対して開かれていることを意味しているという。
これはベニテスという人物を考えると、かなりしっくりくる。
彼は他の候補者たちのように権力争いの中心にいる人物ではなく、最後まで比較的純粋な信仰を持ち続けている。
だからこそ、「イノケンティウス」という名前は、これまでの教皇の名前を受け継ぐというより、自分自身のあり方を表した名前とも考えられる。
そして、この名前にはもう一つ面白いところがある。
歴代教皇には「イノケンティウス」という名前を名乗った人物が実際に存在する。
例えばイノケンティウス3世は、中世のカトリック教会が非常に大きな権力を持っていた時代の教皇として有名だ。
また、イノケンティウス10世は17世紀に教皇を務めている。
つまり、ベニテスが選んだ「イノケンティウス」は、単純に「純粋」という意味だけではなく、歴代の教皇たちの名前を受け継ぐものでもある。
そして何より面白いのが、映画の最後にベニテス自身が「イノケンティウス」という名前を選ぶことだ。
物語の中では、教皇になるためには「完璧な人間」でなければならないようにも見える。
しかし実際には、誰もが何かしらの弱さや秘密を抱えている。
それでもベニテスは「イノケンティウス=純粋・無垢」という名前を選ぶ。
ここには、「人間は完全ではない。それでも自分が何者なのかを受け入れ、神の前で生きていく」という、この映画の最後のテーマが重なっているように感じた。
「ヨハネ」と「イノケンティウス」。
たった一つの名前にも、その人がどのような教皇になりたいのか、そして何を信じているのかが表れている。
こういう背景を知ってから最後のシーンを思い返すと、ベニテスが「イノケンティウス」と名乗った瞬間の意味も、少し違って見えてくる。
日本人の枢機卿はいる?
います。
しかも現在、日本には2人の枢機卿がいます。
『教皇選挙』を見て「日本人の枢機卿もコンクラーベに参加するの?」という疑問を抱きますよね。
2026年7月24日時点のバチカン公式統計では、日本の枢機卿は前田万葉枢機卿(Thomas Aquino Manyo Maeda)と菊地功枢機卿(Tarcisio Isao Kikuchi)の2人で、どちらも80歳未満の教皇選挙権を持つ枢機卿です。
つまり、次回コンクラーベが開かれれば、日本から2人とも投票に参加できます。
| 名前 | 出身 | 枢機卿 | 教皇選挙権 |
|---|---|---|---|
| 前田万葉 | 日本 | 2018年 | ○ |
| 菊地功 | 日本 | 2018年 | ○ |
映画の中ではイタリアやヨーロッパ出身の枢機卿が多く登場するので、「枢機卿=ヨーロッパ人」という印象を持つかもしれません。
しかし、現在のカトリック教会はかなり国際化しています。
実際、2026年7月のバチカン公式統計を見ると、アジア・アフリカ・南米など、世界各地の枢機卿がコンクラーベに参加できる構成になっています。
現在の枢機卿はどの国に多い?
2026年の現在、生存している枢機卿を国別に見ると、特に多いのは以下の国です。 ※2026年7月24日時点
| 国 | 枢機卿数 | うち選挙権あり |
|---|---|---|
| 🇮🇹 イタリア | 49 | 14 |
| 🇺🇸 アメリカ | 16 | 9 |
| 🇪🇸 スペイン | 13 | 2 |
| 🇧🇷 ブラジル | 8 | 7 |
| 🇫🇷 フランス | 7 | 4 |
| 🇮🇳 インド | 6 | 4 |
| 🇲🇽 メキシコ | 6 | 2 |
| 🇩🇪 ドイツ | 6 | 3 |
| 🇦🇷 アルゼンチン | 6 | 4 |
| 🇵🇹 ポルトガル | 6 | 4 |
| 🇵🇭 フィリピン | 5 | 3 |
| 🇨🇦 カナダ | 5 | 3 |
| 🇵🇱 ポーランド | 5 | 3 |
| 🇳🇬 ナイジェリア | 4 | 1 |
| 🇬🇧 イギリス | 4 | 1 |
| 🇯🇵 日本 | 2 | 2 |
| 🇰🇷 韓国 | 2 | 1 |
| 🇨🇳 中国 | 3 | 1 |
| 🇮🇩 インドネシア | 2 | 1 |
| 🇨🇱 チリ | 4 | 1 |
| 🇨🇴 コロンビア | 3 | 1 |
| 🇵🇪 ペルー | 3 | 1 |
| 🇻🇪 ベネズエラ | 2 | 0 |
バチカンの公式リストでは、イタリア49人、アメリカ16人、スペイン13人などとなっており、日本は2人で、その2人とも選挙権を持っています。
ちなみに「選挙権あり」と「枢機卿である」は別です。
80歳になると原則としてコンクラーベで投票できなくなるため、映画のような教皇選挙に参加できる人数を見るときは「枢機卿の総数」より「80歳未満の枢機卿」が重要になります。
これまでの教皇はどこの国の人?
約2000年にわたる歴代教皇を見ると、圧倒的に多いのがイタリアです。
現在の国境に当てはめた集計では、歴代教皇の出身地はおおむね以下のようになります。
古代・中世には現在存在しない国や地域もあるため、現代の国名に置き換えた集計です。
| 現在の国・地域 | 歴代教皇 |
|---|---|
| 🇮🇹 イタリア | 217人 |
| 🇫🇷 フランス | 16人 |
| 🇩🇪 ドイツ | 6人 |
| 🇸🇾 シリア | 5人 |
| 🇬🇷 ギリシャ | 4人 |
| 🇹🇳 チュニジア | 3人 |
| 🇮🇱 イスラエル周辺 | 3人 |
| 🇹🇷 トルコ | 2人 |
| 🇪🇸 スペイン | 2人 |
| 🇵🇹 ポルトガル | 2人 |
| 🇭🇷 クロアチア | 2人 |
| 🇵🇱 ポーランド | 1人 |
| 🇳🇱 オランダ | 1人 |
| 🇬🇧 イギリス | 1人 |
| 🇦🇷 アルゼンチン | 1人 |
| 🇺🇸 アメリカ | 1人 |
※古代ローマ帝国時代の教皇などは「現代の国」にそのまま当てはめられないため、これはあくまで現在の地理に置き換えた整理です。
最近の教皇を見ると、かなり変わってきた
| 教皇 | 在位 | 出身 |
|---|---|---|
| ヨハネ・パウロ2世 | 1978–2005 | 🇵🇱 ポーランド |
| ベネディクト16世 | 2005–2013 | 🇩🇪 ドイツ |
| フランシスコ | 2013–2025 | 🇦🇷 アルゼンチン |
| レオ14世 | 2025–現在 | 🇺🇸 アメリカ |
つまり、1978年以降、イタリア出身の教皇は一人もいません。
ヨハネ・パウロ2世でポーランド、ベネディクト16世でドイツ、フランシスコでアルゼンチン、そして現在のレオ14世はアメリカ出身。
教皇の出身地も、かつての「イタリア中心」からかなり国際化しています。
そして現在のレオ14世はアメリカ生まれで、ペルー国籍も取得した人物です。
これは歴代教皇を見てもかなり特徴的です。




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