スパイダーマン1・2・3を見て感じたこと|ヒーローから学んだ「責任・愛・選択」

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スパイダーマンを1から3まで続けて見てみた。

正直、最初は「蜘蛛に噛まれて超人的な力を手に入れたヒーローの話」くらいに思っていた。

でも、3作品を通して見てみると、描かれているのは単純なヒーローと悪役の戦いではなかった。

「力を持った人間には責任がある」

「大切な人を守りたい」

「人は完璧ではない」

「すれ違いは、時に大切な人まで傷つける」

そして最後には、

「自分がどの道を選ぶのか」

という話だったように感じた。

今回は、そんな初代スパイダーマン三部作を見て感じたことと、作品から学べることをまとめてみたい。


スパイダーマン1

「大いなる力には、大いなる責任が伴う」

まず1作目で一番印象に残ったのは、やっぱりこの言葉。

「大いなる力には、大いなる責任が伴う」

ピーターは蜘蛛に噛まれたことで、普通の人にはない力を手に入れる。

最初はその力を自分のために使おうとする。

レスリングでお金を稼ごうとしたり、自分の強さを証明しようとしたり。

しかし、その力を使わなかったことが、結果的に叔父の死につながってしまう。

ここでピーターは、自分が持っている「力」の意味を知る。

力があるから偉いのではなく、
力を持っているからこそ、その使い方に責任が生まれる。

これはスパイダーマンだけの話ではないと思う。

お金、知識、立場、才能、人脈。

人より何かを持っているなら、それを自分のためだけに使うのか、それとも誰かのために使うのか。

ピーターがスパイダーマンになる理由は、単純に「強くなったから」ではない。

自分の力に責任を持つと決めたからこそ、スパイダーマンになった。

ここが1作目の一番大きなテーマなのだと思う。


ゴブリンとピーターの違い

1作目を見ていて面白かったのが、ピーターとグリーン・ゴブリンの対比。

二人とも「大きな力」を持っている。

でも、その力の使い方がまったく違う。

ゴブリンは、

「自分の欲望や目的のために、力を使う」

一方でピーターは、

「大切な人を守るために、自分を犠牲にする」

同じように大きな力を持っていても、選ぶ道によってここまで違う人間になる。

「力」そのものが人を善人にも悪人にもするわけではない。

その力を何のために使うのかが、その人を決める。

これは3作目まで見た後だからこそ、より強く感じる部分だった。


MJが「強い男」に惹かれる理由

MJについても少し考えさせられた。

日本とアメリカじゃ恋愛観も全然違うのかもしれないが、僕の中ではMJがいじめっ子などの本当に好きではなさそうな人と付き合っていることに疑問を感じた。

これは勝手な考察にはなってしまうが、

MJは家庭環境などもあって、どこか「自分を守ってくれる強い男性」に惹かれているように見える。

ピーター以外の男性を選んでしまうのも、単純に「ピーターよりその人が好き」というだけではないのかもしれない。

自分を守ってくれる存在を求めていたのではないか。

だから自分を守れる存在に惚れスパイダーマンに魅了され最終的にいつも自分の横で支え続けてくれたピーターに惚れた。

そう考えると、ピーターとの関係もより切なく見えてくる。

ピーターは誰よりもMJを大切にしている。

でも、スパイダーマンとして人を守るために、自分の気持ちを隠さなければならない。

だからこそ、二人は好きなのにすれ違ってしまう。

ここで頭に浮かんだのが、

「Something Just Like This」

だった。

完璧なヒーローじゃなくてもいい。

特別な存在じゃなくてもいい。

ただ、自分にとって大切な人であってほしい。

そんな曲のイメージと、ピーターとMJの関係がなんとなく重なった。


スパイダーマン2

ヒーローだって、全部はできない

個人的には、3作品の中でも特に好きなのが2作目。

なぜなら、スパイダーマンであることの「苦しさ」が一番描かれているから。

ピーターはヒーローだけど、完璧ではない。

大学の成績は落ちる。

ピザ屋ではクビになる。

お金もない。

MJとの関係もうまくいかない。

スパイダーマンとして人を助ければ助けるほど、自分自身の生活が壊れていく。

ここがすごく人間らしい。


「全部はできない」

ピーターは、スパイダーマンとして人を助けたい。

でも同時に、大学生として勉強もしなければならない。

仕事もしなければならない。

MJとの関係も大切にしたい。

家族や友人も大切にしたい。

でも、人間には時間も体力も限界がある。

全部を完璧にすることなんてできない。

これは現実でも同じだと思う。

仕事、学校、部活、友達、恋愛、家族。

全部を100点にしようとすると、どこかで無理が出る。

だからこそ、

「自分にとって本当に大切なものは何なのか」

を考える必要がある。

スパイダーマン2は、そんなことを考えさせてくれる作品だった。


人工知能の暴走も怖い

ドクター・オクトパスの機械アームが暴走していく展開も印象的だった。

人間がより大きなことを成し遂げようとして技術を作る。

しかし、その技術が人間をコントロールする側になってしまう。

今見ても「人工知能の暴走」というテーマはかなり現代的に感じる。

便利なものや強力な技術ほど、

「それをどう使うのか」

という人間側の責任が重要になる。

1作目の「力」と同じテーマが、別の形で描かれているようにも感じた。

(この手今のテクノロジーが暴走したら的な作品は大好き)


恋愛映画じゃないのに、心のすれ違いが苦しい

スパイダーマン2は別に恋愛映画ではない。(そうかもしれないが)

それなのに、ピーターとMJのすれ違いがめちゃくちゃ苦しい。

お互いに気持ちがないわけではない。

むしろ大切に思っている。

ただ、お互いが本当の気持ちを伝えられない。

「好きだからこそ離れる」というピーターの選択も、MJからすれば理解しにくい。

結局、人間関係で一番怖いのは、

「嫌いになること」ではなく、「お互いに大切なのに、気持ちが伝わらないこと」

なのかもしれない。


そして電車のシーン

2作目といえば、やっぱり電車のシーン。

最初に見たときは単純に「めちゃくちゃかっこいい!」と思った。

でも、ここまでピーターの苦悩を見てきた後だと、また違って見える。

スパイダーマンとして限界まで戦い、それでも人を助ける。

ボロボロになっても、最後まで止まらない。

そして人々に支えられる。

ここで、

「スパイダーマンも一人ではヒーローになれない」

ということを感じた。

ヒーローだから人を助ける。

でも、ヒーロー自身も誰かに支えられている。

これは3作目にもつながっていく。


スパイダーマン3

「人は一人では戦えない」

3作目では、これまで積み重なってきた人間関係が一気に動き出す。

ピーターとハリー。

ピーターとMJ。

そしてサンドマン。

それぞれが「大切な人を失った」という過去を抱えている。

だからこそ、復讐が復讐を生む。


因縁が再びつながっていく

3作目で面白いのは、叔父ベンの死とハリーの父ノーマンの死が、それぞれの「仇」という形でつながっていくところ。

サンドマンは叔父ベンの死に関わっていた。

一方、ハリーはピーターが父ノーマンを殺したと思い込み、ピーターを憎んでいる。

でも、実際には単純な話ではない。

「誰が誰を殺したのか」だけを見てしまうと、本当のことが見えなくなる。

知らない。

勘違いしている。

伝わっていない。

その積み重ねが、人を憎しみに向かわせる。

これがすごくリアルだった。


ピーター、あのキスはあかんよ

ただし、これは言わせてほしい。

ピーター、あのキスはあかんよ。

MJがいるのに、あれはダメです。

スパイダーマンとしては人を救っているのに、恋愛になると不器用すぎる。

ここもピーターが「完璧なヒーローではない」という部分なのだと思う。

強い。

優しい。

人を助ける。

でも、間違える。

嫉妬もする。

自分勝手にもなる。

人間だからこそ、失敗する。


「大切なものを守るために悪になる」という怖さ

3作品を通して特に面白かったのが、

「大切なものを守りたい」という気持ちが、必ずしも人を正しい方向へ導くわけではない

ということ。

サンドマンには娘を助けたいという思いがある。

ハリーには父親への思いがある。

ピーターにもMJや叔父への思いがある。

みんな「大切なもの」がある。

でも、その守り方を間違えると、人を傷つけてしまう。

つまり、

「何を守るか」だけではなく、「どう守るか」が大切。

ここは現実でも同じだと思う。

自分の家族を守りたい。

仲間を守りたい。

会社を守りたい。

自分自身を守りたい。

その気持ちは正しくても、方法を間違えれば誰かを傷つけることがある。


やっぱり親友だね

そして3作目を見終わって一番思ったのが、

「やっぱり親友だね」

ということ。

ピーターとハリーは、ずっとすれ違っていた。

お互いに相手を大切に思っているのに、真実を知らない。

その「知らない」というだけで、ここまで関係が壊れてしまう。

だからこそ、最後にハリーがピーターを助けるところが刺さる。

これまで敵だった二人が、最後には一緒に戦う。

ピーターは一人ではスパイダーマンになれない。

そしてハリーも一人では最後まで戦えない。

人は一人で強くなるのではなく、誰かとの関係の中で強くなる。

そんなことを感じた。


指輪にもヒーローにも「受け継がれる思い」がある

3作目で個人的に好きだったのが、「受け継がれる思い」。

指輪もそうだし、ヒーローもそう。

形そのものが残るというより、

その人が大切にしていた思いや生き方が、次の人へ受け継がれていく。

ピーターが叔父ベンから受け取ったもの。

ハリーが父親から受け取ったもの。

そしてハリーが最後にピーターへ残したもの。

人はいつかいなくなる。

でも、その人から受け取った言葉や思いは残る。

それが誰かの人生を変えることもある。

こういう「受け継がれるもの」の描き方は好きだった。


スパイダーマンから学んだこと

3作品を見終わって、特に学んだと感じたのは4つ。

力には責任が伴う

能力があるなら、その力をどう使うのかまで考える。

「できるからやる」のではなく、

「できる自分は何をすべきなのか」

を考えることが大切。


完璧じゃなくてもいい

ピーターは何でもできるスーパーヒーローではない。

仕事では失敗する。

学校でも苦労する。

恋愛でも失敗する。

友人関係でも間違える。

それでも、人を助けようとする。

だからこそ、

完璧だから価値があるのではなく、不完全でも前に進もうとすることに価値がある。


大切なものを守る方法を間違えない

「誰かを守りたい」という気持ちは素晴らしい。

でも、その気持ちだけでは十分ではない。

復讐に走れば、さらに誰かが傷つく。

自分の正義を押し付ければ、別の誰かの正義とぶつかる。

だからこそ、

何をするかだけでなく、なぜするのか、どうするのかを考える必要がある。


選ぶ道で、自分が決まる

結局、人を決めるのは「何を持っているか」ではなく、

その力を使って、どの道を選ぶか。

ピーターもハリーも、サンドマンも、ゴブリンも、それぞれに事情がある。

誰もが自分なりの理由を持っている。

でも、その理由があるからといって、どんな行動も許されるわけではない。

人生では、正解が最初から見えていることばかりではない。

それでも、自分で選ばなければならない。

そして間違えたとしても、もう一度正しい道を探すことはできる。


まとめ|ヒーローだって、一人では生きられない

スパイダーマン1・2・3を通して感じたのは、

「強い人間になること」より、「どう生きるか」のほうが大切なのではないか

ということだった。

大きな力を持っていても、ピーターは完璧ではない。

失敗するし、迷うし、人を傷つける。

それでも、自分の選んだ道を進もうとする。

そして、その道を進めるのは一人の力だけではない。

叔父ベンの言葉。

MJとの関係。

ハリーとの友情。

そして、スパイダーマンを支えてくれる人たち。

ヒーローだって、一人ではヒーローになれない。

だからこそ、スパイダーマンは単なるヒーロー映画ではなく、人との関係や、自分の選択について考えさせてくれる作品だった。

「大いなる力には、大いなる責任が伴う」

この言葉は、超能力を持ったピーターだけに向けられた言葉ではない。

誰だって、自分なりの「力」を持っている。

その力を何のために使うのか。

誰を大切にするのか。

間違えたとき、どちらの道へ戻るのか。

結局、自分の人生を決めるのは、与えられた力ではなく、

その力を使って、自分がどの道を選ぶか。

スパイダーマン3作を見終わって、そんなことを考えた。

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